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風船おじさん 。ああいたね。こんな人

風船おじさんのやりたかった事にこんなに深い意味があったとは知りませんでした。

国立音楽大学を卒業後、日本楽器の契約社員となり、ピアノ調律師を営む。44歳で音楽教材販売会社を起業するも失敗。借金を返そうと、レストラン、スナック、麻雀荘などを経営するも、いずれもうまくいかず借金苦に陥る。ビニール風船26個をつけたゴンドラ(飛行船)「ファンタジー号」による太平洋横断で借金を返済すると債権者に語っていたという。

1989年に横浜市で開催された横浜博覧会にテナント出店をしたが会場内における立地が悪いこと、博覧会自体の集客が順調でないことから経営が不振となった。これに対し博覧会運営当局が対策を取らないことに抗議して同年7月30日に高さ30メートルの塔に博覧会のマスコット「ブルアちゃん」のぬいぐるみをきてよじ登り7時間立てこもった。抗議の際には出店には3000万円を要したとしていた。

この抗議の後、鈴木は独自の客寄せとしてヘリウム風船の浮力で高さ10メートルから20メートルに浮かぶ「空中散歩」を自費で博覧会会場に設置した。

1992年11月23日午後4時すぎ鳴き砂保護を訴え、当時52歳の鈴木嘉和が、ヘリウム入りの風船を多数つけたゴンドラ「ファンタジー号」で「アメリカに、行ってきます」と言葉を残し、琵琶湖湖畔からアメリカネバダ州サンド・マウンテンをめざして出発。 翌日は携帯電話で連絡が取れたものの、2日後にSOS信号が発信され海上保安庁の捜索機が宮城県金華山沖の東約800km海上で飛行中のファンタジー号を確認したが、鈴木は、捜索機に向かって手を振りSOS信号を止めた。約3時間の監視後捜索機は追跡を打ち切ったが、以後消息不明になる。
1992年4月17日には、警察官の制止を聞かずに東京都府中市の多摩川河川敷からヘリウム風船で飛び立ち、東京都大田区大森西7丁目の民家に落下するという事故を起こしている。

この初飛行の後、NHKラジオ番組にゲスト出演、その際、風船による太平洋横断計画について語っている。

同年11月23日に「ファンタジー号」に乗り、太平洋横断を目指し出発したが、数日後消息不明となった

引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2007年11月28日 18:43に投稿されたエントリーのページです。

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